浮かび上がる、沈み込む。

人生的にも感情的にも浮き沈みが激しいです。どちらかというと、溺れてると言った方が正しい。

父が亡くなった。

 1ヶ月前、父が亡くなった。

 まだ60代前半で、本当に突然だった。
 急性の心筋梗塞。実家の庭にある簡易小屋の奥で亡くなっていた。検視の結果、早朝に短時間で亡くなっただろうとのことで、あまり長く苦しまずに済んだようだった。

 その日、私は父に相談事があって何度か電話していた。父は電話に出なかった。折り返し電話が掛かってくるだろうな、と私は呑気に考えていた。
 そして夜、父と同居している妹から着信があった。出てみると、震えた声で妹が言った。
「お父さんが、死んだ」
 一瞬意味がわからなかったけれど、そう言った途端に電話の向こうで妹が今までに見たことも聞いたこともない程に激しく泣き出した。それで、ああ現実なんだな、と理解した。

 10年前に私たちきょうだいは母を亡くしている。これで、私たちには親と呼べる存在がいなくなってしまった。

 それからの1週間は、本当に目まぐるしく過ぎていった。人が亡くなったら、こんなにもやらなければいけないこと、考えなければいけないことがあるんだな、と思った。
 まだ三十路に突入していない自分と、20代前半の弟と妹は葬儀の準備なんてしたことがなくて右も左もわからなかった。母が亡くなった10年前はまだ私も未成年だったし、ましてや弟と妹は小中学生。それ以降近親者の葬儀がなかったために、葬祭にまつわる知識がほとんどなかった。
 周りの大人達が色々と動いてくれたから良かったものの、それでも遺族としてやらなければならないことがたくさんあった。頭がついていかないのに色々と判断を求められたり、次から次へと来る弔問客の相手をしたり。よくわかっていなかった親類関係についても聞いてまわって整理して、やっと把握したり。
 悲しいと思う暇も無くて、もはや自分が悲しいのかどうかさえもよくわからないまま時間が過ぎた。

 大方のことを終えたときには意外と気持ちが落ち着いていて、このまま乗り越えられるんじゃないかと思っていた。こう言ってはなんだけど、父と私は血が繋がっていないし色々と確執もあったので、そこまで悲しくならずに済むのかな、と。人前で笑える余裕もあった。
 けれど、予想に反して悲しみは一気に襲ってきた。しかも日毎に増してくる。平気だと思っていたのに全然平気ではなかったようで、こんなに悲しくなるなんて、全く想像していなかった。人前で談笑出来ていたのは、泣き顔を見せたくなくて、暗い雰囲気にしたくなくて、多分無理をしていただけだった。
 悲しくて悲しくて悲しくて、毎日涙が出る。少しでも気を抜くと泣いてしまう。毎日泣いているのに、馬鹿みたいに涙が溢れる。
 それに、寂しくて心細くて仕方がない。どうしてだろう。もう大人だし、一人暮らしをしていて自分で生計を立てているのだから親がいないからといって生きていけないわけでもないのに。それなのに、ひどく心細くて怖い。心の端っこの方を支えていた最後の柱がなくなってしまったような喪失感でいっぱいで、自分の感情も何が何だかよくわからない。悲しい寂しいばっかりで、嬉しいとか楽しいとか感じられなくて、テレビを見て一瞬笑ってみても上っ面ぽくて、自分が遠い。

 もう1ヶ月も経つのに、何をしているんだろう。いつまでこうなんだろう。いい歳して、悲しい悲しいと泣いてばかりでみっともないと思うけれど、でも泣いても泣いてもちっとも悲しみがなくならない。
 時間が解決してくれるのを待つしかないというけれど、一体それはいつになるんだろう。