浮かび上がる、沈み込む。

人生的にも感情的にも浮き沈みが激しいです。どちらかというと、溺れてると言った方が正しい。

撚るのも結ぶのも下手なのに、切ることだけ上手くなっていく。

 


 最近耳にして衝撃的だったひとこと。

 


 「何があっても切りたくない縁もあるし、切れない縁もあると思う」

 これを聞いたとき、愕然とした。
 私の中に、そんな考えは微塵もなかった。

 


 私は基本的に他人との関係を安定的に保つことが出来ない。保つ術を知らない、と言った方が正しいか。
 そして、最終的にその関係が切れるとしても「どうせそんなもんでしょ」と思っている。だから、小学生の頃から仲が良い友達、なんてのもいない。

 

 

 家族でさえ、血の繋がった者でさえ、簡単に裏切る。
 況んや、他人をや。
 


 今どんなに仲良くしている人だって、5年後、いや、1年後、もっと言えば明日、どうなるかもわからない。それは相手だってそうだし、自分だってそうだ。いつ何をきっかけに嫌われるか、裏切られるか。相手のことを嫌いになるか、裏切るかもわからない。
 人を信じるとか信じてもらうとか、よくわからない。
 それがなにかとても綺麗なもののようには思うけれど、私にはまるで現実味がない。おとぎ話か週刊少年ジャンプの漫画の中だけの話じゃないのか。

 


 人が、憎み合ったり騙し合ったり罵り合ったり、蔑み合ったりするのばかり見てきた。そういう状況にさらされてきた。
 その分美しい関係や優しい関係に人一倍憧れが強くて理想が高くて、それだけに些細なことですぐに傷ついて失望してしまう。
 悲しい関係や荒れた関係になりそうな片鱗を見ただけで、それを修復する気力もわかずに、ぷつりと断ってしまう。
 だから、いつ切れても傷つかない程度の関係しか結べない。
 他の人が、互いの糸でミサンガを編んだり布を織り成したりしている間、私はガタガタの糸車で細くなったり太くなったりしている無様な糸を撚ることしかできない。僅かな力で千切れてしまいそうな糸を撚ることしかできない。

 

 

 こんなことを書いたら、私のことを友達だと思ってくれている人や目をかけてくれている人には失礼かもしれない。ショックを与えるかもしれない。そんなふうに思っていたのか、自分はこの子にとってその程度の存在なのか、と。

 

 でもごめんなさい。私は自分が傷つかないように、自分の心を守るだけで精一杯です。他人を慮るだけの余裕も優しさもありません。

 

 他人を、傷つけてこない、悪意のない、安心できる存在だと認識することが出来ません。優しくされても、なにか見返りを求められているようにしか思えず、それに応えられないと役立たずと見なされるのではないかと気が気でなりません。

 

 言い方がきつくてエグいとか毒舌が過ぎて切れ味がスゴイとか言われるけれど、それは上手に他人の悪意をかわす術を知らないし、自分の心を守る盾がなくて、絶えず攻撃することでしか自分を守れないからだと最近気がつきました。
 嫌な気持ちになったり傷ついたりしたとき、そうするのを止められない、「攻撃は最大の防御」を地で行く破滅型の欠陥人間です。ただのクズだよほんと。

 

 

 かつては。
 素直に、飾らず、甘え合ったり助け合ったり出来る関係を、一緒に居て少しでも安らげる関係を、誰かと築けたらいいなと思っていた。
 けれど私みたいな人間には高望みすぎる。
 人が怖くて、傷つくのが怖くて、自分を守るために威嚇するしか能のない、汚い野良猫みたいな私には。

 

 

 切りたくない縁、切れない縁。
 それを実感出来る日なんて、結べるときなんて、来るのだろうか。