浮かび上がる、沈み込む。

人生的にも感情的にも浮き沈みが激しいです。どちらかというと、溺れてると言った方が正しい。

少しずつ、あらゆることがおかしくなる。

 飛び降り自殺未遂の手前までいって、からだもこころも状態がすこぶる悪かったのだけど、先日の水曜日に、

・住んでいるアパートの漏水工事をしてもらったら、なぜかトイレが流れなくなる
・車が突然動かなくなる
・病院のカウンセリングを予約していて、それをとても心の拠り所にしていたのに、担当の先生がインフルエンザによりやむなく帰宅した(←これは仕方がない)。それを、車が動かなくなったので遅れるという旨を病院に自分から電話したときに、初めて聞かされる

と、トラブルが重なったからか、それとも食欲がなさすぎて夕方か夜にお粥とかヨーグルトとかを1食しか食べていなかったから栄養不足になったのかなんなのか知らないが、味覚がおかしくなった。

 塩味(えんみ)があまりわからない。全く何にも感じないという訳ではないけれど。
 お茶漬けを食べたときに味がほとんどしなくて、お茶漬けの素をガンガン足したのに、それでも味が薄かった。あと、甘味も前よりほんの少しだけ弱く感じる気がする。幸い、酸味と苦味と旨味は変わらず感じられるみたい。冷蔵庫に入っていた塩昆布を食べたら、しょっぱさはぼんやりとしか感じられなかったけれど昆布の味はちゃんとわかったし、調味料を少しずつ舐めてみたら塩気以外の味は感じられた。
 旨味がわからなかったらアウトだったと思う。塩味に関する味覚が減退してしまって、結構ダメージが大きいけれど、それでも旨味がわかる分、食材自体の味や風味は感じられるのでまだ良かった。もし味覚全てが消失してしまっていたら、ただでさえ食欲不振なのに食事がより苦痛なものになっただろう。

 まぁ、そうは言っても塩味をあまり感じられないのはやはりキツい。そして今、すごく不安だ。
 今は塩味に関する味覚が減退しているだけだけど、他の味も感じられなくなったらどうしよう。どうしたらいいんだろう。どうしたら味覚が戻るんだろう。亜鉛を摂取すればいいのだろうか。

飛び降り自殺未遂、の手前までいった話。

 今日、急に「死ななきゃ、死なないといけない」と思った。死にたいというより、自分の中で突然下された決定事項だった。

 父が亡くなってからずっと、漠然と死にたいとか消えたいとか思っていた。でも、今死んだら弟や妹に迷惑を掛けてしまうからダメだ、車のローンも残っているし、あの子達に私の葬式なんてあげられる訳がないし、とも思っていた。けれど同時に、ベッドの上で、このまま何も飲まず食わずでいたら死ねるかな?と考えたり、あーもう霞みたいにスッと消えて自分なんかいないことにならないかな、他人の記憶からも消え去りたい、と思っていた。そしたら今日突然、死ななきゃ、死のう、と強い衝動に駆られた。

 どうやって死のう、等とは全然考えなかった。私は今から死ぬんだ、という気持ちだけで車を走らせて、地元で自殺の名所として有名な橋に向かった。そこで飛び降りるのが一番良いと思った。一番良いと思ったというか、それが自然なような、当たり前のような気がした。高所恐怖症の癖に何故それを選択したのか自分でもよくわからない。最近飛び降り自殺を図る夢を2回くらい見ていたのでそのせいかもしれない。
 道中、何度か涙が出てきたけど何の感情もなかった。両目からスーッと頬を伝っていくだけで、別に悲しいとかつらいとかも感じなくて、なんで泣いているのかもよくわからなかった。

 けれど、その橋を自殺現場として選んだのは失敗だった。

 橋の入口付近の駐車場に着いて車をとめようとしたら、観光バスが2台とまっていた。一般車両も何台もとまっていた。その橋は山間にかかる大きな橋で、この時期は紅葉の名所として観光客が訪れる。それを完全に失念していた。
 とりあえず橋に向かって歩いていったら、長い橋の両脇の歩道に人がたくさんいた。たくさんってほどでもないかもしれないけれど、私からすればこれだけ人がいるのは邪魔だった。午後4時過ぎだっていうのにみんな帰らないの?寒いし早くお帰りよ、と少し苛々した。

 橋の上を歩きながら、時々立ち止まって欄干から渓谷を見下ろしてちょうどいいポイントを探した。色づいた木々に陽が当たって綺麗だったけど、それよりも風がめちゃくちゃ冷たくてずっとカタカタ震えていた。肩に掛けていたストールを上半身に巻きつけたけれど、とにかく寒かった。山は寒い。
 歩いては下を見て歩いては下を見て、を繰り返し、そのうち地上までの距離が一番遠いポイントに着いた。その高さ、122メートル。ご丁寧に歩道のブロックに書いてあった。下を覗き込むと川が流れていて、邪魔になりそうな木々はなかった。陽の当たる橋の上とは違って、山々に光を遮られた谷間は薄暗い。122メートルと言うと大体ビルの30階くらいらしいからすごく高いはずなのに、思ったより距離が近い気がした。高所恐怖症なのに何故かそのときは全く怖くなかった。

 しばらくそこから渓谷を見つめていた。

 死ぬのは全然怖くない。怖くないのだけど、周りに人が多すぎる。隣で韓国からの観光客らしき人たちがめっちゃ写真を撮ってはしゃいでいる。なんか知らんけど、チョア〜って何回も言ってる。ここの景色を随分とお気に召したようですが早くどっか行ってくれませんか。
 周りを見回してみたら、一眼レフをさげたおっさんとか自撮り棒持ってる若い女性2人組とか、おそろいのスカジャンを着ているカップルとか、各々が橋の上から紅葉を楽しんでいた。
 そのとき思った。今私がここから飛び降りたら、この隣の韓国人の素敵な観光の思い出が、目の前で女が飛び降り自殺したっていうトラウマに変わっちゃうんじゃないか、と。綺麗な景色を楽しんでいる人たちに水を差してしまうんじゃないか、と。
 そう思ったら、今飛び降りるのはダメな気がした。水を差してしまうかもしれないのが申し訳なかった。全然関係ない人たちに不快な思いはさせたくない。人がいなくなってからにしよう、それまで車で待っていよう。寒いし。
 そうして車に戻って、ペットボトルの水を飲み、積んでおいたブランケットに包まってシートを倒して横になった。窓の外を眺めていると、車が駐車場から出ていったかと思えばまた違う車が入ってくる。いつになったら人がいなくなるんだろう。そう思って目を閉じた。

 目を開けたら10分くらい経っていた。
 それでもまだ車は何台もとまっていて、橋の方に人が歩いていくのが見えた。その頃にはもう、自分を突き動かしていた死ななきゃ!という強烈な衝動は薄らいでいた。
 なんか馬鹿みたい。無様だな、と思った。
 あんなに死ぬつもりで1時間も車を走らせてきたのに結局実行出来なくて、何をやっているんだろう。何故あんなに強迫観念的に死ななきゃいけないと思っていたのだろう。考えても考えてもわからず、少し頭が痛かったので、とりあえず私は抗不安薬を服用し、そのままそこでしばし眠った。
 目覚めると辺りは暗くなっていて、駐車場には私の車だけが残されていた。その橋は夜は心霊スポットとしても有名で、なんだかほんのり怖くなった私は橋の方に向かうこともなく車から降りることもなく、そのまま家に帰った。

 というわけで自殺未遂どころかその手前で終わってしまった無様な私ですが、6時間以上経過した今も何故あんなに死ななきゃいけないと思っていたのかよくわかりません。ただとにかく「衝動」としか言いようがない。頭も心も置いてけぼりになるような衝動。けれどそのピークを一瞬でも逃すと、それは薄らぐようです。いやわからない。私の決意が甘かっただけかもしれない。でも決意した訳じゃないんだよね。衝動に駆られて動いただけだから。人間ってよくわからないね。

 だから多分、何らかの衝動に駆られたときには邪魔になるものが一切ない状況を用意するか、ピークを絶対に逃さずひとおもいに行動するのが重要なんだなと感じた。逆に言えば、衝動を抑えたかったら誰かに、何かに邪魔してもらうか、ピークをとりあえず10秒耐えてみるかすればいいと思う。私の場合は人がいなくなるまで、と10分待ったけど。
 あとは水を飲むっていいかもしれないなと思った。水じゃなくてキャンディとかクッキーとかでもいいけど、口にモノを入れて飲み下すと一瞬冷静になります。いやでもこれはもしかすると私だけかもしれないので、もしこの記事を見た方で、衝動を抑えようと思って水を飲んだけどちっとも効かなかったじゃねーかこのヤローって方がいらっしゃっても私を責めないでください。

 とりあえず今思うのは、この衝動がまた来たらどうしようかなってことなんですが、次に病院でカウンセリングを受けるときに臨床心理士の先生に相談することにして今日はちょっともう考えるのも面倒なので寝ます。おやすみなさい。

父が亡くなった。

 1ヶ月前、父が亡くなった。

 まだ60代前半で、本当に突然だった。
 急性の心筋梗塞。実家の庭にある簡易小屋の奥で亡くなっていた。検視の結果、早朝に短時間で亡くなっただろうとのことで、あまり長く苦しまずに済んだようだった。

 その日、私は父に相談事があって何度か電話していた。父は電話に出なかった。折り返し電話が掛かってくるだろうな、と私は呑気に考えていた。
 そして夜、父と同居している妹から着信があった。出てみると、震えた声で妹が言った。
「お父さんが、死んだ」
 一瞬意味がわからなかったけれど、そう言った途端に電話の向こうで妹が今までに見たことも聞いたこともない程に激しく泣き出した。それで、ああ現実なんだな、と理解した。

 10年前に私たちきょうだいは母を亡くしている。これで、私たちには親と呼べる存在がいなくなってしまった。

 それからの1週間は、本当に目まぐるしく過ぎていった。人が亡くなったら、こんなにもやらなければいけないこと、考えなければいけないことがあるんだな、と思った。
 まだ三十路に突入していない自分と、20代前半の弟と妹は葬儀の準備なんてしたことがなくて右も左もわからなかった。母が亡くなった10年前はまだ私も未成年だったし、ましてや弟と妹は小中学生。それ以降近親者の葬儀がなかったために、葬祭にまつわる知識がほとんどなかった。
 周りの大人達が色々と動いてくれたから良かったものの、それでも遺族としてやらなければならないことがたくさんあった。頭がついていかないのに色々と判断を求められたり、次から次へと来る弔問客の相手をしたり。よくわかっていなかった親類関係についても聞いてまわって整理して、やっと把握したり。
 悲しいと思う暇も無くて、もはや自分が悲しいのかどうかさえもよくわからないまま時間が過ぎた。

 大方のことを終えたときには意外と気持ちが落ち着いていて、このまま乗り越えられるんじゃないかと思っていた。こう言ってはなんだけど、父と私は血が繋がっていないし色々と確執もあったので、そこまで悲しくならずに済むのかな、と。人前で笑える余裕もあった。
 けれど、予想に反して悲しみは一気に襲ってきた。しかも日毎に増してくる。平気だと思っていたのに全然平気ではなかったようで、こんなに悲しくなるなんて、全く想像していなかった。人前で談笑出来ていたのは、泣き顔を見せたくなくて、暗い雰囲気にしたくなくて、多分無理をしていただけだった。
 悲しくて悲しくて悲しくて、毎日涙が出る。少しでも気を抜くと泣いてしまう。毎日泣いているのに、馬鹿みたいに涙が溢れる。
 それに、寂しくて心細くて仕方がない。どうしてだろう。もう大人だし、一人暮らしをしていて自分で生計を立てているのだから親がいないからといって生きていけないわけでもないのに。それなのに、ひどく心細くて怖い。心の端っこの方を支えていた最後の柱がなくなってしまったような喪失感でいっぱいで、自分の感情も何が何だかよくわからない。悲しい寂しいばっかりで、嬉しいとか楽しいとか感じられなくて、テレビを見て一瞬笑ってみても上っ面ぽくて、自分が遠い。

 もう1ヶ月も経つのに、何をしているんだろう。いつまでこうなんだろう。いい歳して、悲しい悲しいと泣いてばかりでみっともないと思うけれど、でも泣いても泣いてもちっとも悲しみがなくならない。
 時間が解決してくれるのを待つしかないというけれど、一体それはいつになるんだろう。

「あなたが死んだら悲しい」と言われても意味がわからない私の話。

「『死にたい』と言われたら、こういう風に対応しましょう」というコラムや記事をよく見かける。各都道府県の保健福祉部や厚生労働省のホームページでも掲載されているように。

 しかし、人間は「個」だから、残念ながら全員が全員その通りに対応すれば良いというものではないと思う。100人いたら、100通りの対応の仕方が実はあるはずで。

 とりあえず、
「死んじゃダメだよ!」
「気の持ちようだよ」
「君より大変な人なんてたくさん居るよ」
「考えすぎだよー元気出してこ!」
「生きていれば良いことがあるよ!」
と、いうような、本人のつらい気持ちを否定する、他人と比較する、無責任な励まし・慰めは万人共通でタブーだけど、各所で推奨されている「あなたが死んだら私は悲しいよ(だから死なないで)」という言葉も、私にとっては効果がなかった。

 私は性格があまりよろしくないとはいえ、サイコパスのように冷酷無慈悲な人間というわけではないので、自分の身近な人や好きなアーティストが死んだら流石に悲しい気持ちになるし、なんなら、知り合いが身内を亡くして悲しんでいればそれに影響されて悲しくなるくらいには共感力もある。
 けれど、自分が死んだときに他人が悲しむかもしれないとは思わない。思えない。なんだか腑に落ちない。全くピンと来ない。
「死にたい」と零してしまったとき、「あなたが死んだら私は悲しい」と言われたことはあったけれど、正直よく分からなかった。「この人が悲しむから死ぬのはやめよう」なんてとてもじゃないけれど思えない。

「そうやって言えば揺らぐくらいの気持ちだと思われてるのかな」
「『あなたが死んだら悲しい、って言っとけば気が済むんでしょ?どうせ構って欲しいだけでしょ?』って思われてるんじゃないかな」
「え、いいですいいです。そういう嘘とかいらないです」
「『自分が悲しい思いをしたくないからお前はつらいのを我慢しろ』ってこと?」
 私は内心そんなことを思いながら、神妙な顔で「うん……ありがとう、こんなこと言ってごめんね」と言っていた。言いながら、うんざりしていた。

 性格がひねくれている上にねじけているのは重々承知しているけれど、仕方ない。だって本当に意味が分からないのだから。

 以前、件の男友達に言われたことがある。
「(ひよこねこ)ちゃんは、どうして自分のことを特別視しているの?」と。
 特別視なんてしていないと言い返したら、
「してるよ。自分は周りと違って価値がないって思ってるじゃん」と言われて仰天してしまった。
 そんなこと、思っているつもりは微塵もなかったし、だからそう言われたときには「何言ってんのこいつ?」と思って取り合わなかった。けれど今思えば、確かに私は自分を特別視しているのかもしれない。

「特別視」という言葉が、まるで選民意識を持っているのと同義に聞こえて、「『自分は周りよりも優れている』と思っている人」と評されたように感じてしまうけれど、「特別」という言葉は必ずしもポジティブな意味やアグレッシブな意味で使われる訳ではないのだ。
「特別に」価値がない、劣っている、と思い込んでいる場合にだって使われるのである。

「(ひよこねこ)ちゃん、A君(※共通の知人)が死んだら悲しいでしょ?それとおんなじ。A君だって、(ひよこねこ)ちゃんが死んだら悲しいよ」
 最近また彼に言われたが、やはり私にはわからない。A君が他の誰かの死を悼む気持ちはわかる。共感できる。でも、A君が私の死を悼むのは……そんなことありえないと思ってしまう。その気持ちはわからない。いや、わからない、というのは少し違う気がする。わかりたくない、という方が正解かもしれない。

 私はきっと、基本的に他人を信用していない。だから私が死んで悲しい、という言葉を信じられない。信じていないし信じるつもりもない。信じるつもりがないから、多分理解するつもりもない。理解したくない。だから、「わからない」のだろう。
 こんな風に「わからない」原因に気づいても、その根本的問題である人間不信を解決・改善する方法は、相変わらずわからない。

 「わからない」というのは、苦しい。

 自分に対して他人が発する「あなたが死んだら悲しい」という気持ちをわかったとき、私はきっとそれ以外の色々なことをわかるようになっている気がする。

 その日、は当分来ないだろうけど。

「安全」の基準についての話。

 2ヶ月程ブログを更新していなかったけれども、その間色々ありまして、わたくし何とか生きております。むしろ精神面では大幅に吹っ切れたところがあり、毎日死ぬことを考えながら泣く、という状態からは脱しました。

 しかし身体が。
 身体がついてこない。

 今年は私が住んでいる北国にも「梅雨らしい梅雨」が到来しまして、昨年まではあまり感じなかったのに今シーズンは気温・湿気・気圧の変化にめっぽう弱くなってしまいました。下手すればテレビの天気予報より正確に雨が降りそうなのを予知できる。
 頭がまるで「むんっ」と浮腫んでいるような、脳が膨張しているような頭重感とふわふわするような軽いめまいがして、「うわぁ具合悪いわ……」とげんなりしているとそのうち雨が降ってくる。なんだろう、精神を病んで自律神経が狂いまくった結果、生命の危機を感じて動物的本能が強くなったのだろうか。
 原因はわからないけれど、とにかく身体が思うようにならないのがつらい。とりあえず梅雨明けしてからは少しマシになってきた感じもするけれども。

 ところで最近、年上の方と「愛情飢餓と承認欲求の違い」やら「環境次第ではダメ人間もダメでいられなくなる説」やら、そんなお話で盛り上がったのだけれど、その時に「心が折れた時にメンタルがヘラっている(orヘラり気味の)人間の内面で起こる自己防衛メカニズム」について実に興味深い(?)考察を聞いた。

 メンタルがヘラっている人、とは言っても、あくまでその方との共通の知人2名+私、の3人しかサンプルがいないので、こういうパターンがあるよ、というお話。

 まず1人目。
 彼は心が折れたとき、もう一人の自分が「もうやめて!攻撃しないで!」と心折れて倒れている自分をガードして、周りの話を完全にシャットアウトして受け付けなくなってしまう。何を言っても、優しくしても、全く響かなくなってしまう。防御特化型。

 2人目。
 彼女の場合は、心が折れたときもう一人の自分が出てきて、周囲に対して自分の正当性を主張し始める。「私も悪いけどさあ」というのを枕詞に、けれどそれはあくまでポーズで取って付けているだけの言葉で、その後は「だって〜〜じゃん!」と強く反論する。マイルドな攻撃型。

 そして3人目。私の場合。
 その方曰く私の場合は、心折れて倒れている自分を、もう一人の自分が包丁でグサグサと滅多刺しにしているような感じがする、らしい。終いには臓器を引きずり出し、皮まで剥ぎ取って、剥き出しになった組織を爪でカリカリと掻きむしり、とことん虐め抜くのだと。という訳で、自己破壊型。

 この話をした時に、私は少し笑ってしまった。破壊衝動が自分自身に向かいやすいというのは、性格診断などでよく見る結果だったので全く自覚がない訳ではなかったけれど、自分ではそれほど自己否定感が強くないつもりでいた。だから、「他人にも本当にそういう風に見えていたんだ!」と、1周回って可笑しいな、と思ってしまった。

 その後で、ハッと思い出したことがある。

 私は、家族や恋人など心理的距離が近い人と喧嘩したときに、自分が暴走した感情のままに相手を罵りそうになるのがとても嫌なので、それを抑止しようとして黙り込み、全く口をきかなくなる。
 そういう私の癖について、以前男友達と話していたとき、彼が「なんで黙っちゃうの?いいじゃん、罵っちゃえば」と私に言って、私は「だって嫌じゃん、相手を傷つけるのが。自分の怒りのエネルギーが強すぎて、それを他者に向けるのが怖いんだよ。相手にそれを向けなければ、安全だもん。破壊衝動とか、他人に向けるより自分に向ける方が安全じゃない?」と答えた。
 すると彼から返ってきたのは、自分にとって意外すぎる言葉だった。

「それ、安全じゃないじゃん。
 自分が傷ついてるんだから、
 安全じゃないでしょ」

 え……?
 その発想はなかった( ゚д゚)

 その時「言われてみれば確かに」とも思ったけれども、それまでずっと「他人が傷つかない=安全」という方程式のもとで生きてきたので、頭が混乱してしまい返答出来ずに詰まってしまった。言っていることの意味はちゃんとわかるのだけど、腑には落ちなかった。

 実は今も腑に落ちてはいない。けれど、破壊衝動を自分に向ける話と繋がって気づいたのが、どうやら自分は一般的な人と「安全」の基準が違うらしいということ。攻撃は最大の防御、というのを自分に対しても行使しているのかもしれない。
 自分を徹底的に破壊してめちゃくちゃにしてしまえば、他人が攻撃してきたとしても大したダメージにはならない。自分が傷つくこと、壊れてしまうことを「危険」だと認識していなかったのだ。むしろ他人を破壊しない分「安全」だとすら思っていたのである。

 何故周囲の人たちが「(ひよこねこ)ちゃん、もっと自分に優しくしなよ」と言うのか、ワケがわからなかった。自分はわがままな方だと思っていたし、他人に優しくありたい、優しくなりたい、と思っていたから、「自分に優しくってなんだそれ。そんなんダメだろ」と思っていた。
 しかしそもそも自分にとっての「安全」は世間的に「全くもって安全ではない」ということを、私は四半世紀以上も知らないまま過ごしてきた訳で、他人から見て「自分に優しく」などできなくて当たり前なのである。ずっと自分の「安全」を確保してきたつもりだった、ただそれだけだったから。

 再三言うが、未だに腑に落ちてはいない。
 落ちてはいないけれども、もしかしたらこれは、破壊衝動を自分だけに向けることなく、かといって他者を激しく攻撃することもなく、本当の意味で自分の「安全」を確保して、みんなが言うところの「自分に優しく」ができるようになるためのひとつのステップなのかもしれない、と思った。

「死にたい」気持ちを抑圧すると死に近づくという話。

割と幼い頃から消滅願望があり、思春期から希死念慮を持ち続けてきたが、三十路を目前にして抑鬱症状が激しく表出するようになって気づいたことがある。

「消えたい」とか「死にたい」とかそういう感情は、表現しないとどんどん自分の中に溜まってきて、最終的には濃度も粘度も高まった感情に押し潰されて取り殺されるということ。

私は小学生の頃からなんとなく詩を書き始めて、これまでずっと続けてきたのだけど、改めて読み返してみると、内容は大体「消えたい」「死にたい」「つらい」「怖い」「不安だ」というようなことを言葉を変え、テーマを変え、表現を変えて書いているだけだった。あとは自分の中の葛藤や矛盾、自己あるいは他者に対する怒り、自己否定や罪悪感、破壊衝動、絶望など。

昔から、周囲に相談できる人がいなかった。自分の内面について吐き出せる人間が誰一人としていなかった。親にも言えず、友人にも先生にも言えず、けれどそういう感情は何もしないと瞬く間に肥大して、眠れなくなったり、息苦しくなったりする。涙が出てくる。
そんなとき、自分の胸の内を書き殴り、詩として表現すると、少しだけ心が軽くなった気がした。

そうやって小学生から思春期をなんとかやり過ごしてきたけれど、四半世紀を超えたあたりで色々と抑えが効かなくなり、詩を書くことで逃がして来た感情の膨張をもはや止めることが出来なくなってしまった。結果、メンタルがヘラった訳なんですけれども。

メンタルがヘラって、自分だけの力でどうにも出来なくなったとき、自分の中に留めておくことが出来なくなった感情が他人の前で表出した。ぽろっ、と。「死にたい」と口に出してしまった。というか、口に出していないとなんだかやっていられなかったのだ。のどの辺りで鉛玉がつっかえているように息苦しい感じがして、「死にたい」と言うとその蓋がしばらくスッと下に落ちてくれたから。

けれど返ってきた言葉は、

「死んじゃダメだよ!」
「死にたい、なんて言わないで」
「生きてたら良いことあるよ」
「死ぬ気になったらなんでもできるでしょ」
「なんで死にたいとか思うのか理解できない」
「死にたいって言っている内は大丈夫だ、死ぬ奴は死にたいとか言わずに死ぬ」
「死にたいだなんて身勝手だ」
「考えすぎだよ、もっとシンプルに行こうよ」
「◯◯(私)が死んだら悲しむ人がいるよ」

絶望した。大いに絶望した。
「ああ、この人たちには言ってもわかってもらえないんだな」
「というかこの人たちにこんなことを打ち明けてしまった自分が馬鹿だったわ」
「もう絶対この人たちにこの手合いのことは言うまい」 「無駄だ。他人に気持ちを吐露するなんて無駄だ」
「もういいです。すみませんでした」
「もう二度と貴方達にはこんなこと話しませんので、私の内面に踏み入って来ないでください」
そう思った。

元々人間不信を根底に抱えた私だったけれど、もうね、不信どころか人間嫌いに拍車がかかりましたね。
言われた言葉の何がまずかったのか、恐らくわかってくれるのはうつ病罹患者とか双極性障害罹患者とか、希死念慮が症状として挙げられる気分障害を抱えた方だけだと思う。
だから、過去にも現在にもそんな経験のない、なおかつゲートキーパー的知識もない、安定した愛着を獲得している人に対して「死にたい」とこぼしてしまった私が本当に愚かなんだけれど、なんだけれども、絶望して脱力した。

その後、アパートの部屋にひとりでいて、強烈な不安に襲われたり希死念慮に苛まれたりして涙が止まらなくなったとき、詩を書くことなどでは自分を保つことが出来ず、どうしたらいいのかわからなくなってどうしようも出来なくて、「お願い、誰か助けて」と思っても、誰にも言えなくなった。誰にも連絡出来なくなった。
この名前のつけようがない混沌とした気持ちを、誰になら打ち明けて吐き出してもいいのかわからなかった。また傷つくことになるんじゃないか。相手にとって迷惑になるんじゃないか。迷惑がられるんじゃないか。構ってちゃんかよウザい、と思われるんじゃないか。そう考えて、LINEの画面に並んだ「友だち」リストのアカウントアイコンを眺めながら、誰にもメッセージを送れないまま泣いていた。他人に見られたらドン引きされるくらいのレベルで泣いていた。一言で表すならば、嗚咽。「友だち」リストを眺めているだけでも辛かった。誰かに助けてほしい気持ち……ある種の依存欲求と、誰とも関わりたくない、関われないと思う回避欲求の狭間で、不安定さは極まっていった。

その後、私が取った行動は以下の通り。
1、LINEの友だちリストのほとんどを消去した。
2、電話帳の連絡先をほとんど消去した。
3、バーに行くのが好きだったけれど行かなくなった。
4、仕事でもプライベートでも、積極的に他人と関わらないようにした。

結果どうなったかというと、
1、物事に対する興味がどんどん失われた。
2、何をしても楽しくない。楽しめない。どれだけ笑っても、作り笑いをしているような気がする。
3、極度のテレビっ子だったのに、テレビを眺めるのすらしんどくなってきた。
4、詩すら書けなくなった。言葉が浮かんで来ない。自分の状態を言い表せる言葉が見つからない。
5、甘いとか苦いとか酸っぱいとか、食べもの自体の味はわかるし不味いわけではないけれど、美味しいと感じられなくなった。
6、「死にたい」というより「死のう」と思うようになってきた。どれだけ痛くても苦しくてもいいから確実に死ぬ方法ってないのかな、という考えが頭を過ぎるようになった。

「死にたい」気持ちを表現できなくなってから、自分の感情や感覚が少しずつ死んでいった。死んでいっているのがわかった。本能的に。

前回のブログに書いた通り、不眠症の症状をほぼコンプリートしていた頃と比べるとからだ自体の調子は多少マシではあるし、仕事にも行けている(というか同じ部署に最近中途採用で入社した人がいて、その人に仕事を教えなければいけない、なおかつ不眠症状と抑鬱症状MAXの時に休みすぎて有給休暇を使い切ってしまった為、単純に休めない)し、四六時中「死にたい」と思うわけではなくなったけれど、5月に入ったあたりから、ふと突然「死のう」と思うようになった。時々浮かぶ「死のう」という意思について、あれ?ちょっとヤバくないか?とぼんやり思う自分もいたけれど、一方では「『死のうと思ってるんだ』なんて他人に言ったら止められるかもしれない、そんなの面倒だから絶対に言わないようにしよう」とも思っていた。

そして5月6日。日曜日は本来公休日だけど、心身ともに酷い状態で休んでしまった平日と交換した為、出勤日となっていた。
その日も状態は決して良くなかった。それでも無理矢理出勤したら自分しか居らず、ひとりだから歯止めが効かなくなってしまったのか、仕事をしている間に涙が出てきた。からだが震えて涙が止まらない。なぜかはわからない。わからないけれども、次々出てくる涙にどうしようと焦り始めたその瞬間、「あ、死のう」と思い立った。
「今、すぐ、ここで、死のう」と思い、私はなにか首を括れる紐的なものを探した。そうしてしばらく社内をウロウロしたけれど、ちょうどいい感じの紐が見つからず、見つからなかったことにより少しだけ冷静になり、その後はなんとか仕事をこなした。

今こうやって書いてみると自分でも「ちょっと異常だな」と思うのだけれど、そのときには異常だとか正常だとかそんな考えは全く無かった。そして、自分の異常性に思考が及んでいなかったことはわかるし覚えているけれど、紐的なものを探している最中の自分の気持ちや考えていたことは思い出せない。
「死にたい」気持ちを表現せずに抑圧すると、希死念慮から自殺願望あるいは自殺企図に移行するということを、私は身を持って理解したのだった。

だから、「死ぬ奴は死にたいとか言わずに死ぬ」「死にたいと言っている内は大丈夫」というのは半分真実で半分誤りだと思う。
「死にたい」と表現できれば、もしかすると身近にいる誰かがその人を病院に連れていってくれるかもしれない。病院に行ってみたら、とアドバイスしてくれる人がいるかもしれない。そうでなくても、同じような気持ちを抱えている人と何かの拍子に偶然出会って共感し合うことができて、少しでも慰めになるかもしれない。また、それらのいずれもかなわなくても、「死にたい」気持ちを表現できるだけで、髪の毛一本分に満たないほどわずかだとしても楽にはなれる。
けれど「死にたい」と言える人が周りにいない場合、「死にたい」気持ちを表現することを禁止された場合、あるいは「死にたい」気持ちを表現しないことを選んだ場合、病院に行くきっかけも失われ、共感できる誰かに出会えることもなく、少しも楽になれないまま、人は死を選ぶ。一般人の想像を絶する程の、冷たい孤独の中で。

「死にたい」を表現しない人間から死んでいく。そして、「死にたい」と表現できない人間、表現できなくなった人間の順に死んでいく。
たまに、昨日まで普通に楽しそうに笑っていた友達が死んだ、とかあるじゃないですか。あれはつまり、その人の中に「死にたい」気持ちはあったけれど周りに表現してなかった、故に誰も気づかなかっただけなんじゃないかと思うんですよ。表現しなければしないほど速く死に近づいてしまうから、他人が察する暇もなく死んでしまう。
あと、「死にたい」って言ってた人が、最近言わなくなったなー元気になったのかなー良かったなーと呑気に思っていたら、ある日突然亡くなった、とかさ。あれも多分、表現しても無駄だと学習した結果言わなくなったか、死ぬことを決めたから、それを阻止されない為に言わなくなったのだと思う。
ちなみに、昨日まで「死にたい」って言ってた人が今日死んだ、なんてことも普通にありえますからね。

だから「死ぬ奴は死にたいなんて言わずに〜」「死にたいって言ってる内は〜」なんて、言うもんじゃない。なんなら私はこれを言われたときに苛々して「いつか絶対死んでやるからな」と思った。この言葉は「死にたい」気持ちを抱える人間に「死にたい」気持ちを表現できなくさせる悪魔の呪文みたいなものだと思う。

まずね、なんで私がこんなことを阿呆みたいに長々書いたかと言うと、もう本当にしんどくなってしまったんですよ。「死にたい」と言えないことが。
これまた前回のブログに書いたけれど、わたしの中には「生きるのも死ぬのも許されない」感覚があって、「死にたい」と「死ぬのも許されない」の間に挟まれているときも結構な地獄だったんですが、いやはやそれ以上の地獄がね、あったんですね。「死のう」と「死ぬのも許されない」の狭間。究極の矛盾ですよこれ。
で、「自傷も許されない」という感覚があるのでリストカットとかはしたことないんですが、ちょっとなんか色々耐えられなくなって、カッとなってボールペンを手の甲に刺しちゃったんですよ。10回いかないくらいかな、ブスブスブスっと。いやでもボールペンなんて全然刺さらないだろって頭の何処かで冷静に思っている自分も居て、ボールペンの威力を侮っていたんですが、ちょっと勢いつけたらペン先くらいは普通に刺さったよね。血が滲むくらいで終わったけど。左手の甲になんか湿疹みたいに痕が残ってみっともないな、と思ったのでもうやりませんけど。
結論、勢いよく振り下ろすと、いくらボールペンでも流石に刺さります。

だから。
「生きるのも死ぬのも自傷することも許されない」感覚と「死のう」って気持ちの板挟みで本当にしんどいから、せめて「死のう」を「死にたい」に戻したいんですよ。それだけでだいぶ違うということに気づいたから。陣痛と激しい生理痛くらい違うから。

死ぬことは許さなくても、せめて「死にたい」と表現することくらいは許してください。

理由を見つけて、地獄に気付いた話。

2度病院を変え、現在はカウンセリングを定期的に受けている。以前は入眠困難中途覚醒早朝覚醒とあらゆる不眠症状に悩まされ、平日は体も頭もふらふら、その反動で休日は過眠でベッドから出られなかったけれど、今では睡眠導入剤なしでも寝付けるようになった。念の為に3〜4回に1回くらいで睡眠導入剤を処方してもらうけれど、服用することもなく万が一のときのお守りみたいなものになっている。
眠れるようになったおかげか、死にたい気持ちの濃度と持続時間も以前と比較して薄く、短くなってきた。「以前と比較して」ではあるけれど。

けれどもやはり時々そういう気持ちに襲われる。襲われるけど、多分私は死なないし、死ねないだろうな、と思う。

それは「死んだら誰かが悲しむから」とか「死ぬのが怖いから」とかそんな理由ではない。「では何故?」と問われても、今までは自分でもはっきりとした理由がわからずにいた。

具体性のある理由の中で最も近いのは、「自死したら必ず誰かに迷惑をかけることになるから」というもので、けれどそれは少々外角にそれている。
他人が聞けば抽象的であやふやに思われるかもしれないが、「『生きることも死ぬことも許されない』感覚があるから」という理由の方がより的を射ていた。そう表現するしかなかった。
しかし今日、もっとしっくりくる表現が見つかった。

「自分のからだの支配権を有していないように感じるから」

自分のからだの所有者は自分だ。けれど、その支配権は私のものではないと感じる。それが何故かはやはりわからないのだけれど。

幼少期や思春期の頃には、所有権すら危うく感じるときが多々あった。前にも書いたかもしれないが、自分の腕や足が自分のものでないように感じて気持ち悪くなるのだ。
自分の肩から人形の腕が生えているような違和感。違和感に包まれた右腕を左手で掴むと、掴んでいる感覚も掴まれている感覚もあるのに、右腕には何か私の脳から伸びるものとは違う神経が通っているような、あるいは神経が通っていないような気がして、とにかく気味が悪く不安に駆られた。
そんなときにはテーブルの角や壁や柱に腕をガンガンとぶつけたり、足をあらぬ方向に無理やり捻ってみたりしていた。そうしているうちに違和感が薄れて自分の腕に戻っていく。

歳を重ねるごとにその違和感に襲われる頻度は減ってきて、ここ数年では2、3ヶ月に1回あるかないかくらいにまで治まった。そんな風に所有権を獲得しつつあっても、支配権は未だに遠いところにある。それは誰が持っているのだろう。何処にあるのか、何処かにはあるのか、それすらもわからない。ただ、確実に私の手の中にはない。

だから、生きていてはいけない気がするし、死にたくても実行してはいけない気がして出来ない。自傷することさえ、許されない気がする。
破壊衝動が湧いてきても、自分を錐やナイフで滅多刺しにする想像をするのが精一杯。
自傷の代替行為として、かさぶたを剥いだり、皮膚を掻きむしったり、青痣をぐいぐい押したり、いつのまにか負っていた切り傷に水圧強めのシャワーを当てたり、そんなチンケな方法で自分を痛めつけるくらいしか出来ない。
どれだけ死にたくても、「死にたい」と口に出しても、どうせ私は死なないし、死ねないのだ。私には私のからだに対する支配権がないから。

だからかもしれない。幼い自分の中に「死にたい」ではなく「消えたい」という気持ちが先に生まれたのは。
思春期の頃、消滅願望とは別に希死念慮が湧いて出たのだけれど、それは「消える」というのが物理的にどう考えても無理だったので、それに近い方法として「死ぬ」という選択肢が浮かんだ結果だった。でも、「死ぬ」ことすら私にはリアルではない。
そうして私は生きている。死にたいと思いながら、消えることを切に欲しながら、死ねないし消えることが出来ないので生きている。

無様だ、すごく。
自分でもそう思うし、他人からもみっともなく見えるだろう。
でも、とても辛い。自分の支配権が自分にないというのは。

想像してみてください。例えば目の前に家があって、それは貴方のものなのに、貴方にはそこに住む権利もなければ、売る権利も壊す権利もないのです。
例えば目の前にある大金の所有者は貴方なのに、それを使う権利が貴方にないのと同じ。

私のいる地獄はそんな感じです。
貴方のいる地獄は?
そして、貴方が死なない理由は何ですか。